軟式ボールとビヨンドマックス(ウレタン系バット)の歴史
- 4月10日
- 読了時間: 4分
飛びすぎてあぶないという理由で高反発バットの使用全面禁止という通達が先日だされました。飛ぶバットの代表格として2002年に発売されビヨンドマックスシリーズも24年が経ちました。一般軟式の部門での使用に関しての通達もこれからあるのかどうか注目点もありますが、今一度ビヨンドマックスとボールの歴史を振り返ってみたいと思います。
ビヨンドマックスが世に出る前まで(2001年まで)はボールは全然飛ばなかったんです
連打、乱打戦になることは少なく
柔らかい軟式のボールをつぶさずに遠くに飛ばすというのは実に難しかったのです
硬式で力強いスイングで活躍した選手が、硬式のボールの下にバットを入れる感覚で軟式ボールを打つとボールがつぶれて高く上がることが多く、芯をくってもボールが変形するぶん、硬式ボールのように遠くに飛んでいかない
軟式には軟式の、硬式には硬式の打ち方という全く違うものが実際にあることを実感された選手も多かったと思います
ですんので、発売当初は多くのお客さんは半信半疑だったと思います。
力一杯打ってもボールがつぶれないとか、軟式ボールを硬式ボールくらい飛ばすなんてことができるのか? 今までそんなバットは世の中になかったんですから。
2002年の夏、初めて世にでたビヨンド、出はじめはそんなに話題になった印象はありませんでしたが3か月もしたころから一変、徐々に口コミが広がりあっという間に大人気
ぼんっ!という会心の当たりとは思えない音とともにはじき返される打球は外野手の頭を次々と超えていくではありませんか。ここから現在に至るまで軟式野球界で不動の人気を誇り続けることになりました。
当時の軟式野球用バットとしては破格の25000円(硬式の金属バットが16000円~18000円)出た当初は賛否のあったバットでしたが話題性は抜群、結果予約しても6か月待ちとなるほどの人気軟式バット、5000本も売れればヒット商品だった時代でしたからミズノもここまで売れることを全く想定していなかったんでしょうね、増産体制を組むも生産が追い付かず
欠品続きだった当時にミズノさんでお世話になってましたが「何とか手に入らない?」と知人にお願いされたことが何度かありましたが、当然どうにもなりませんでした
その後、ビヨンドマックスはオーバルタイプやカーボンから金属へなど様々なモデルを展開、そんな中で2006年に軟式野球界では大転換期を迎えます。これまでの軟式ボールのデザインを一新します。ボールの縫い目、野球用語でいうところのヤマを高くし、ボール表面のディンプル模様を線模様にするなどした結果、旧規格のボールよりも10%飛距離がでることとなりました。ただでさえ飛ぶようになったボールに高反発のバット使用によりさらに飛ぶ野球へと変化、
バットは単管のバット・ウレタンバット・多重菅・コンポジットバットと
はっきりと異なるようになり
ヘッドが重くなるウレタン系バットに対抗するように多重菅高反発のバットを各メーカーで発売することとなります。
2006年から10年ほどは軽量多重菅ルイスビルスラッガーのカタリストとウレタンバットビヨンドマックスの2強対決でしたが、ウレタン部分の軽量化が可能となり軽量化されたウレタンバットを続々と登場、2010年代後半からコンポジット系の多重菅バットは徐々に減り様々なメーカーさんから高性能のウレタンバットが登場、野球系ユーチューバーさんにいろんなメーカーさんが依頼され今日に至りますので、現状の人気バットについては割愛させて頂きます。
長々とビヨンドマックスをはじめとするウレタン系バットについて触れてきました。
ビヨンドマックスが世に出始めた2002年から26年、現在のボールは大変良く飛ぶようになったと思います。バットの材質で反発を大きく変える必要がなくなったといえばそうであろうとも思いますし、一方で野球の憧れであるホームランを野球を専門的にやってきていない人でも打つことができる可能性を求めてへいけないのかと言われればそれも否定できません
個人の見解としては今のボールは30年前と比べると明らかに飛ぶようになっております
ビヨンドマックスが世に出始めたころほどの飛距離への探求心より、ヒットが出やすいバットをみてみたいと感じてます。多くの選手が4割打者を目指すバット、
みてみたいと思ってます






コメント